箸はともかく棒にはひっかかりたい

とある大学助教によるいろいろなメモ書き

やっつけで書いていい申請書などない

どうも。ざわこです。

先日、とある審査&評価をやったんですよ。詳細を述べることができないのでぼかしながら書きますが、言わずにはいられないことがあるので書きます(そのうち消すかも知れません)。

その高慢な姿勢、バレてますよ。

あのね、簡単に通りそうだからって、適当に書かないでください。

適当(やっつけ仕事として)で書いているんだろうなって言うのは、審査する側にはビシビシ届いていますよ。ああ、この申請者は、何かを伝えたくて書いているんじゃなくて、出さなきゃいけないから書いているんだろうな〜っていうのも、モロバレです。「どうせ詳細なことは審査員にわからないだろうから、適当に書いておけばいいや」って、やっているだろうなってことも、伝わっています。

同じ枠に応募してきた人の中には、めちゃめちゃ真摯に、何時間もかけて、その申請書を書いたんだろうなというのが、ひしひしと伝わってくるものが混ざっています。そういう申請書は大抵、目的が明確で、文章も洗練されていて、こちらが尋ねている事柄に真っ直ぐに答えています。このような素晴らしい比較対象がある時点で、たとえその審査が絶対評価だろうと相対評価だろうと、やっつけ仕事を好意的に見られるはずがありません。ましてや、求められていることに真っ直ぐ答えていなかったり、フォーマットさえ守れていなかったりしたら、なおさらです。

こちらは、少なくない時間を、審査のために充てているのです。審査しているのは、AIじゃなくて、人間です。適当に書いたであろう難解な文章を見ると、本当にぶん殴りたくなります。そうだったとしても、サイエンス的にフェアであれるように、審査する人はそうあるべきだと立場を理解しているので、昂ぶる感情を押し殺して、評価しているわけです。

「やっつけだって、別に通るならいいじゃん、効率化ってそういうものなんじゃないの?」って、思うのかも知れませんけど。別に私は、それを押し通してくださっても、ほとんど実害が無い(読むのウザいな〜と思うくらいである)ので構いませんけど。おそらく、そこで何かあなたが失うものがあるとすれば、お金ではなく、信用、なのではないでしょうか。

この程度の書類さえ、まともに書けないなんて。もしかして、普段もそういう姿勢で、仕事をしているんじゃないのかな?と。こちらであなたの「そういう姿勢」に対して、とてつもなく、評価が下がっているかも知れません。

 

皆が本当に忙しくて大変な中、いろいろなことを頑張っているのは、誰もが知っています。が、この世界では「人間が人間を評価している」ことを忘れないでください。そして、研究そのものや仕事に対する姿勢は、審査する側は(良い部分も悪い部分も)、驚くほどシビアに見つめていますよ。もしも、研究内容に絶対の自信があるのならばなおさら、それを表現することに、もっと注力して欲しいです。

 

以上、小言でした。