箸はともかく棒にはひっかかりたい

とある大学助教によるいろいろなメモ書き

大学における研究・雇用・教育と、お金の話。

 

 

私の勤める大学で、本日、大学総長と若手教員が意見交換をできる場が設けられたので、その会に参加してきました。その場で伝えられたこと、会の中で私が考えたことを(殴り書きしたメモを元に)ざっくりと書き起こしておこうと思います。

なお、もし同じ会に参加していて「アレはそういう意図ではなかったと思うよ」等、何か指摘がありましたらお知らせいただけるととても助かります!

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意見交換会で話されたこと

若手教員を取り巻く現状

会の中で、若手教員を取り巻く現状として、以下の3つが提示された。

  1. 人材不足
    「安定した雇用が少ない」「キャリアパスが不明瞭である」ことによって、せっかく優秀な学生がいても、研究職という道を選ぶ人が減ってしまっている。
  2. 時間不足
    業務等に割く時間が多く、研究に集中できない。
  3. 研究資金不足
    国から配分される研究予算は削られるばかりであり、長期的、あるいは革新的な研究に手を出しにくく、短期的な(すぐ成果が得られるような)研究ばかりになってしまう。

 

それに対する大学の方針(と、総長の考え)

その中で、大学の方針としては

  1. 多様な財源で雇用を確保できるようにする
    クロスアポイントメントの推進や、研究力のある人々(シニアなど?)は自分で自分を外部資金等(競争的資金や民間の助成金などで)で雇えるように、若手は安定財源(国からのお金等)で雇えるような仕組みにしていきたい。
  2. 教員の業績評価の基準を見直す
    きちんと研究している(業績・実績がある)人が評価される仕組みをつくる。逆に、しっかり働いていない人は、BにでもCにでもする(現在見直しがはかられているらしい)。
  3. 若手教員との意見交換を積極的に行い、現状を把握していく

という話だった。

それに加えて、総長からは

  • もう国からのお金が増えることはない(減る一方である)
  • 流動的な雇用、競争は悪いことばかりではない(切磋琢磨しあえる)し、欧米ではそれが普通である
  • 今後は、自分で自分(研究費や研究室、雇用も?)をマネジメントしていく力が必要になる
  • 研究だけしたい人は、大学にいるべきではない(人を教育するには大きなパワーが必要。研究も教育もどちらも完璧にっていうのは難しい)
  • 大変だと思うけど、挑戦する気概を持ち続けて頑張って!!!

とのことであった。

 

それらを踏まえてあれこれ考えたこと

ここからは単なる感想です。一人で勝手に考えていることなので、読んでいる皆様で何か思うことがございましたら、ぜひコメントいただけたら、議論ができるのでとても嬉しいです。

人材はむしろ「余って」いる?

問題点として「人材不足」が掲げられていたが、ポストにありつけずあふれてしまっている人がたくさんいるという現状から考えると、どうも私には、人材は「不足」しているというよりむしろ「余って」いるように見える。もしその言葉の真意が、研究職の「職業としての不安定さ・キャリアパスの不明瞭さ」に対して、幾ばくかずつでも良いから改善していかないと「これからのアカデミズムが先細りしてしまう=将来の日本のサイエンスを担う人間が減る」という意味での「人材不足」であるならば、納得である。

でも私は「将来」のサイエンスを心配するよりも、「今」のサイエンスを盛り上げる努力をしていかないと、その先の未来なんてこないんじゃないかと思う。私たちはまさに「今」、それ成し遂げる気で研究をしているのだから、精一杯頑張るから、やっぱり、ポストが欲しい。

 

もちろん次世代のことも考えなくてはいけないし、それはとても大切なことだけれど、でも当事者である現役世代の我々こそが、解決するべき「今」の課題に主体的に取り組んで、良きロールモデルを作って次の世代に示していかないことには、何も始まらないのではなかろうか。

次世代の「優秀な人」には、こんな苦労をすることなく、安心して、業界でのびのびと研究して活躍していってほしい。そのためには、不遇の時代は、我々の時代までで食い止めなくてはならないと、強く感じます。

 

また、将来直面するであろう「人材不足」に関して言うなら、

「優秀な人材」というのは、多くの場合、良い環境で、質の良い教育を受けて、はじめて、芽が出てくるものだと私は思います。そして「良い研究」というのも、比較的、そういう安定した環境から生まれ、育ちやすいのではないかと思います。なので「人材不足」に対する解決策としては、ただ単に進学する学生を増やすだけに終わらせず、どのようにすれば、質の良い教育・研究環境を提供できるのか、という視点を持って、教員それぞれが試行錯誤していく必要があるかなと、感じています。

 

切磋琢磨は重要だけど、みんな明日のご飯が食べたいの(涙)

「競争」が自己研鑽につながるというのは、良く理解できる(ライバルがいた方が、燃えたりするし)。でもそれは「この努力を続ければ、将来的に何か良いことがある」と、何となく成功イメージを具体的に持てる時に限られるんじゃないかと思う(例えば、部活動であるライバルがいたとして、その中で不断の努力が続けられるのは「自分が相手の力を上回れば、勝利することができる」という成功のイメージが湧くからである)。

研究業界にいて、そのイメージを描けるとすれば、おそらくそれは、ある程度「自分の仕事に自信が持てるようになった段階から」だと思うんだ。

だって、明日のご飯(雇用)があるかどうかというギリギリな中で、更に「過度な競争」にもまれたら、焦燥感で精神は疲弊するだろうし、余裕が無くなって視野も狭くなりそうだし、どんどん良い研究がしにくい状況になって、気持ちも研究力も落ちていってしまうんじゃないかなって思います。そして(多分ですけど)、これについては日本の若手に限った話じゃなくて、欧米の若手だって、同じ問題を抱えているんじゃないかと思う。だから「欧米もそうだから、我々もそれにならう」という考えだとしたら、それはちょっと違うような気がしてならない。

一方で、国(世界)全体でお金がなくなってきていて、人を雇う・研究をするための財源が限られているというのも、よくわかる。

ちゃんと努力した人が、適切な評価を下されて、その結果ずっと仕事が続けられる、そういう世界になって欲しいだけなんだけどな。生きるって大変だ。

 

大学は企業の下請けじゃないゾ〜

今回は若手教員向けだったので、教育よりも研究にフォーカスした内容だったのかもしれないのだけど、会の中では、産官学連携の研究や、民間の外部資金を獲得することを強く勧めているように聞こえました(私にはそう思えたのだけれど、どうだろう)、そうすればお金もたくさん配分されると。

でも、個人的には、企業(とそこのお金)が絡んだ研究って、ちょっとネガティブな印象があって。

以前、とあるスポンサーがついたプロジェクトの中で研究をしたのですが、当時私が出したデータが、そのプロジェクトの趣旨そぐわなかったことがありました。そして発表日の前々日になって、突然「これは発表しないで欲しい」との旨を伝えられました。せっかくそれなりの時間を投資し、試料を処理して測定して、データの整理も議論もして、準備までしていたのに、私の意向は関係無しに、発表する権利を奪われたのでした。

もしこの研究が「学生が丸3年かけて進めたテーマ」だったら?あるいは、ものすごく良い結果(莫大なお金が生まれるような成果)が出て、突然「第一著者(あるいは特許主)はうちの企業に」と、なってしまったら???

幸い、その時のテーマはお手伝い程度で進めていただけだったので、業績等に大きな支障は出ませんでしたが、そうなってしまった時のことを思うと、結構気分が落ち込みます。

もちろん「成果が出た時はどうするか」ということは、研究がスタートする前に企業側と取り決めておけば済む話かも知れませんが、自分がその研究の「責任者になれない」とか、「データの所有権を持てない」(かも知れない)という状況は、あまり心穏やかなものではない(と、個人的には思う)し、何かとトラブルの元になりそうなので、注意が必要だろうな、という気持ちがあります。

希望を言えば、やっぱり大学がきちんと研究の主権を握って、企業側に「御研究室に寄付させて下さい!」と言ってもらえるくらいの研究力を付けたいところだなと思いますね。一体どうすれば達成できるのだろうか。

 

あと、今回の議題とはそれるけど、プロジェクト型の研究はその性質上「得られた結果に対して自由に発想する」という機会が奪われがちなので、そういう研究に取り組む学生は、その点十分に気をつけた方がいいなって思います(経験談)。

 

教育のためのお金はどう確保するの?

競争的資金や民間の助成金、産官学連携で得られる資金というのは、確かに研究費を確保するための選択肢としては重要そうに見える。私だって、取れるものなら継続的に獲得していきたい気持ちでいっぱいだ。

では、大学として、教育のお金は、どのように捻出するべきなんだろうか。

大学は国の研究機関であると同時に、高等教育機関でもある。その一方で、国から貰える「教育のために使って良いお金(運営交付金や教育経費)」の分配は常に減り続けていて、これからそれが増えるという見込みは一切ないらしい。具体的には、現状で、学生ひとりあたりに対して付くお金(教育経費)は、たった10万円前後でしかなくて、この額というのは国内学会の参加費や、論文一本の掲載料に足りるか足りないかという程度で、1年間「満足のいく教育活動」をおこなうには、どう考えても不十分である(全く貰えないよりは、貰えた方が良いのだけど)。

国からのお金の分配に期待できない以上、企業に頼らざるを得ないというのは、至極全うな考え方にも見えます。けれど、それって、もし企業からお金がもらえなくなったら、大学では研究も教育も全てストップしてしまうってことですよね???

果たして、それでよいのでしょうか。

 

***

研究のお金、人を雇うお金、教育のお金。

お金が限られている中で「無い袖は振れない」という現状があるのも理解していますが、今後日本でサイエンスを続けていくことを願うなら、なんとしても、研究も、雇用も、教育も維持していけるような、持続可能なシステムを構築していくより他ありません。

そのために、今の私たちに何が出来るのか?どんな提案ができるのか?

真剣に、主体的に考えていく必要があると思いました。

 

以上です。

【報告】博士号を取得しました!

こんにちは〜!ざわです。

 

なんと!!!

おかげさまで、無事に博士(環境科学)になることができました!

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うわああああああああい!!!

 

さらに!大塚賞という栄誉ある賞もいただくことができました!

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受賞講演するワシの図。ハラハラしました


高校生の頃、落ちこぼれ理系である私が研究職にあこがれを抱いて早10年。「こんな大それた夢なんて、どうせ叶いっこないのではないか?」と心のどこかで疑っていたけれど、たとえビッグマウスと言われようとも「研究者になりたいんです!」と当時から公言し続け、今の自分にできることを継続した結果、どうにかこうにか、ここ(研究者としてのスタートライン)まで、辿りつくことができました。。。
 

学位記を受け取るまでは、何だか信じられないなぁという気持ちでしたが、数日経って、ようやくその重みと、有り難みを受け止めることができつつあります。

 

学部3年で研究を始めてから今に至るまでの7年、所属大学も住環境も研究拠点も、研究手法やテーマ、関心もどんどん変わっていったし、修士課程への進学、博士課程への進学が決まる度に、いろいろなものや時間、選択肢を手放すことにもなってしまったけれど、その分、多くの人と出会って、話して、議論をして、私なんかにはもったいないと思えるくらいに、数え切れないほどの素晴らしい経験と、それなりの知識を得ることができました(まだまだ足らないけども・・・)。

 

学位は得られたものの、だからといってこれからの人生の安泰が約束されたわけでもないし(そんなものは誰も保証してくれないし)、学位取得は単なる「通過点」でしかないわけなのだけど、たとえこれから、どんな人生を歩むことになったとしても、今までの自分が選んできた道に、誇りを持ちながら、生きていきたいですね。

 

この4月から、私は某大助教として働くことになります。もちろん任期はあります。まあ任期があってもなくても、サイエンスの発展に貢献できるような、相応の研究成果を出していきたいな〜という気持ちは漠然と強烈にありますね!!!

大学教員という職に就けることになったからには、これからは(も!)、自分も楽しめて、なおかつ学術コミュニティや、日本の大学、社会に貢献できるような良い仕事を、責任を持って、楽しく、元気良くやり遂げていきたいなという思いでいっぱいです!!!

やっぱり、サイエンスは楽しくなくっちゃね。

私にどこまでできるかは全然わからないけれど、人生は一度しかないとよく耳にするので、学界にしっかりと爪痕を残せるように頑張っていきます(ビッグマウス)!!!

 

これまで私を支えてくださった皆様、特に進学を応援してくれた家族、かけがえのない友達・先輩・後輩たち、時には強く厳しく、時にはそっと優しく背中を押してくださった数々の先生方、先輩研究者の皆様、感謝してもしきれません。本当に本当に本当にありがとうございます。

まだまだ未熟者なので、これからも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。

取りいそぎ、報告させていただきます。それでは!

 

ざわ

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今こそ聴きたい!私が選ぶももクロの応援ソング BEST3

応援ソングだらけのももクロ

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ももクロちゃんたちの楽曲の中には「行くぜっ!怪盗少女」「走れ!」に代表されるような元気いっぱいなアイドルソングもありますが、最近の傾向としては「頑張っている人、頑張りたい人たちに捧げる応援歌」がたくさん歌われています。ジャンルとしては、優しく励ましてくれるものから、ガンガン煽ってくる物まで、多様です。

今回は、数あるももクロ応援ソングの曲の中でも、私がいつも励まされていた曲、特に仕事(研究)を進めていく中で、大きな力になった、私にとって特別な3曲について紹介したいと思います。

注意※本記事での選曲や歌詞の解釈は、筆者の第六感によってもたらされているので、内容について責任を取ることはできませんので悪しからず!

それではいってみましょう!

***

1. コノウタ

(1stアルバム:バトルアンドロマンスより)

はい。いきなり大本命です!

彼女達はこの楽曲を通して、我々が日常生活をおくるうえで、つい抱きがちなモヤモヤや、現状に対する迷いや不安、ちょっと後ろ向きな感情に対して、「自分が努力してきたことは必ず自分の力になる」「だからそれをみんなで一緒に証明していこうぜ!」と、力強く応援してくれます。

たとえば、今まで自分がやってきたことに対して、「これでも一生懸命頑張ってきたはずなのに、なんでうまくいかないのだろう。なんで評価してもらえないのだろう」とか「これを努力し続けたところで、本当に何かの(誰かの)役に立つのだろうか」とか、考えてしまうことって、誰にでもあると思うんですよね。

まさにそのような不安に苛まれている中で、私はこの曲に出会い、これらの歌詞が深く私の胸に突き刺さったのでした:

分かれ道で行き先 悩んだ時
自分の限界に立ち止まってしまった時
このウタ歌ったら いつの間にか
笑顔こぼれてた魔法みたいだね

誰のためでもなく努力し続ける意味を ちゃんと知ってる
全てが無駄じゃなく力になるってことを みんなで証明しようぜ

そしてこの後サビで「コノウタ君に捧ぐ」「コノコエ届かなくても何度でも歌い続けるよ」と、歌ってくれているのです。

彼女達は「頑張って!」とか「応援してるよ!」という気持ちを、直接的な言葉で伝えるのではなく、あくまで「笑顔と歌とダンスで、みんなに元気を届けるんだ」というアイドルとしての姿勢(コンセプト)をもって、「私たちはちゃんと理解しているし、一緒に頑張りたい。だからこそ、コノウタをあなたに捧るんだ」という姿勢を貫いていて、「ああ、応援するってこういうことなんだ」と感心したのと同時に、なんて素敵で、カッコいい人たちなのだろうと感じたことを、今でも覚えています。

 

ちなみに、この曲との出会いは、2011年女祭り動画を見た時でした。

杏果ちゃんの不調に対して、歌とダンスでフォローし合うメンバーの様子とその状況と、コノウタの歌詞がリンクしすぎていて、思わず泣いてしまったのを思い出します。この動画の後半で歌っているのでぜひ見て&聞いて欲しい。


ももクロ 女祭り2011 声を振りしぼって歌った杏果と支えてくれた4人

 

2. 上球物語-Carpe diem-

(2ndアルバム:5th DIMENSIONより)

この曲の中で、彼女達は「生き残るために、生まれた星(太陽)を捨て、地球に上京(球)する『太陽人』」という役を演じているのですが、良い意味でものすごく煽ってくる、なんというか問答無用に応援してくれる、背中を強めに押してくれる感じの曲です。

あーこのままいくとマズいかもしれないなあ」という予感がしている中、嘆きたいことも、言い訳してしまいたいこともたくさんあるけれど、もう切羽詰まっているし、現状を打開するべく、一歩踏み出すしかない!こうなってしまったら、もう、やるしかない!やったるぞ!!!!うわーーー!!!!!と、気分を高めたい時に聞くと、みなさんも必ずや、火事場の馬鹿力を発揮できる、そういうパワーを持った曲だと思います。

私はD論執筆中によく聴いていました。書くと決めた以上、これはもうやりきるしかないからね。

曲中で特に印象深かった歌詞は、こちらですかね。

五里霧中 絡まってる運命誰かのせいにしない
結局自分次第さ 茨の道でも引き返さない
痛み妬み全て抱え すすめ

問題を複数抱えてしまうと、つい誰か(何か)のせいにして「あの時○○が××だったから、今こうなってしまったのだ」と言ってしまいたくなることもあるじゃないですか。確かに、過去の誰かor何かに責任転嫁するのは簡単だけど、でもそういう問題って、結局は自分のとらえかた次第で、これからの選択や行動によって、事態を好転させることだってできるはずなんですよね。そういった大切なことを、この曲は聴く度に私に思い出させてくれます。

泣き言 言い訳 しがらみ 抜け殻 みたいな 毎日捨て去れ
この情熱が 消えないうちに 飛べ Hallelujah

こぼれ落ちる涙を いつの日にか 嬉し涙にするよ
明日は明日の風吹く 不安 恐れ 蹴散らせらせらせらせ

この杏果ちゃんとしおりんのかけあいから、あーりんの落ちサビへの流れが、とても好きです。そして、何か思い立ったら「その情熱が消えないうちに行動する」っていうのは、本当に大切だよなって思います。研究も論文執筆も、やりたいときにやる、書きたいときに書くのが一番捗りますしね〜!

ちなみに、曲名の「Carpe diem」とは「この瞬間を大切にしろ」というラテン語だそうです。これから先、自分がどう生きていくか?ということは、この瞬間をどのように生き、決断するかにかかっていますもんね。良い歌だな!?

 


【期間限定LIVE映像】ももいろクローバーZ「上球物語 -Carpe diem-」from ももいろクリスマス2014 さいたまスーパーアリーナ大会 ~Shining Snow Story~

 

3. Chai Maxx ZERO

(クリスマスシングル:一粒の笑顔で・・・よりカップリング曲)

この曲は、ももクロちゃんたちが「戦いに挑む直前の気持ち」を歌っている曲です。なのですが、個人的には、夢を叶えるために頑張りたい自分と、でも自信が持てない自分との狭間で揺れうごく人々に対して「でも貴方はそれをやることが好きなんでしょ?だったら何度だって挑戦していこうよ!!!結果みせていこうよ!!!」と応援してくれる曲でもあると思っています。

私にとって印象的なのは、これらの歌詞ですね。

あーやだなみんな もっと自分のこと信じてよね
期待の分だけ怖いよ
だけど期待さえもされないのなら
それはもっと怖いことだよ

「期待してもらえる」って、とても有り難くて喜ばしいことのはずなのに、それが大きくなればなるほど、失敗するのが怖くなってしまうのですよね。でもそんな不安に対して、彼女達は「期待さえされないことのほうが怖い」はずで、「期待されるって、良いことなんだよ」と諭しながら、曲中の1番で再認識させてくれます。

そして2番になると

努力も汗も仲間同士なら知ってるけど
結果を見せなきゃダメなの
やれる できる アツく励ます声が
肩にかかる良いプレッシャー

という歌詞になっていて、今まで恐怖の対象になってしまっていた「アツく励ます声(=期待)」を、それは「良いプレッシャーである」と前向きに受け止め、期待してくれている人たちのために、仲間のために、そして、それが好きな自分自身のために、挑戦していこう!結果をみせていこう!と、歌詞の中で、彼女達が「挑戦すること」に対してポジティブになっていくのです。

私にとっての「戦い」とは、学会での口頭発表とか、何らかの面接とかだったりして、その直前はどうしても「自信が無い弱気モード」になってしまいます。

でも、そういう時にはこの曲を聴いて、元気づけてもらっています。そして一曲聴き終わる頃には、彼女達のポジティブな変化に引っ張られて、私も割と前向きに挑戦できるようになっていたりするのです。 

 


Chai Maxx ZERO - ももいろクローバーZ

 

***

 

以上が、特に私にパワーを与えてくれたももクロの楽曲でした〜!

いや〜自己満足するために書き始めましたが、こうやって改めて曲を聴いていると、たとえ推しの杏果ちゃんが卒業してしまったとしても、4人になってしまったとしても、Z時代のももクロちゃん達が今まで歌ってきた曲、伝えてきたメッセージの価値が揺らいだり、魅力が薄れたりすることは全く無いなと再認識できたので、それはとてもよかったなと思います。

本当はまだまだオススメの応援ソングがたくさんたくさんたくさんあるのですけど、筆が止まらなくなってしまうので今回はこの辺で! 

それではまた〜!